2009.07.29

「なぜ虫歯、歯周病を治療しなければならないのか」「なぜ歯が抜けたままではいけないのか」「口腔の健康はなぜ大切なのか」・・・これらの疑問に対して「虫歯になると歯が痛むから」「歯周病になって歯が抜けてしまうから」「歯が抜けたままだと食事か不便だから」という答えは、確かに間違いではないが十分な回答とはいえまい。口腔内の問題をただ単に口の中だけの事柄として捉えるのは、すでに過去の話である。

 ここに興味深い論文がある。日本歯科医師会雑誌2009年6月号に掲載された橋本和佳先生(愛知学院大学歯学部准教授)の論文「咀嚼と生活習慣病?全身の健康への歯科医師の役割?」がそれである。橋本准教授は、自身のこれまでの研究の成果に基づき、咀嚼が全身に及ぼす影響、特に糖尿病との関連の深いインスリン分泌への影響を明らかにしてきた。その概要を以下に紹介する。

1)咬合状態と摂食時インスリン分泌との関係を調べたヒトにおける実験では、むし歯や咬合異常といった口腔内の問題を有する者では健常者に比べてインスリン抵抗性が高い、すなわち糖代謝能が低下していることが示された。

2)食物の性状(固形食物か粉末食物か)の違いが糖代謝に与える影響を検討したラットの実験では、よく噛む・噛まないといった日々の咀嚼習慣の違いは、若年期においては糖代謝の差としては現れないが、中年期から老年期においてはその差が顕在化し、やわらかい食事を続けた場合、総血糖量で評価した糖代謝能が低下することが示された。

3)歯の欠損と耐糖能との関係を明らかにするために、若年期に奥歯を抜いた後、老年期まで飼育したラット群と、歯は抜かずに同一条件で飼育したラット群を比較した。経口糖負荷試験の結果、抜歯したラット群では、糖負荷後、血糖値が経時的に高い値で推移することが示された。歯の有無のみで糖に対する感受性に差があることは興味深い。

4)しっかり噛んで食事をすることが、糖代謝にどのように影響するのだろうか。これを明らかにするために行ったヒトにおける実験では、糖負荷試験の結果、よく咀嚼した場合には血糖値の上昇は有意に小さく、さらにその後血糖値は速やかに低下した。また、この結果を裏付けるように、血中インスリン値の上昇も大きく、その後は速やかに低下することが示された。よく咀嚼した場合に血中インスリン値が増加後速やかに低下したことは大変意味深い。これは、インスリンの過剰分泌が血中脂肪の脂肪組織への沈着促進、肝・脂肪組織での脂肪合成の亢進をきたし、肥満を引き起こす原因となるからである。さらに、インスリンには摂食中枢を刺激して食欲を亢進させるはたらきもあることから、食後の長時間にわたるインスリンの分泌は過食にもつながると考えられるからである。

 橋本准教授は、咀嚼あるいは歯の有無といった口腔内諸条件の違いによる全身への影響を、インスリン分泌能や耐糖能に着眼して研究を進めてきた。その一方で、口腔内の疾患、例えば生活習慣病の一つである歯周病と関連する全身疾患には、糖尿病の他に心筋梗塞、脳血管障害、早産等々、多岐にわたることが明らかになっている。むし歯や歯周病を治療し、歯の欠損を補い、健全な口腔機能を確立しこれを維持・管理していくことで、全身の健康、特に肥満、糖尿病、メタボリックシンドローム等の生活習慣病の予防や治療にきわめて重要な役割を担うことができるという、自覚と誇りをもってこれからの歯科医療に取り組んでいきたいと思う。

副院長 檜山 成寿

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