先日、矯正治療の相談希望の方からのお電話に驚いた・・・「そちらでは顎顔面矯正はやっていますか?」・・・お話しによると、お子様のあごが小さくて永久歯が生えるスペースが不足しているため、顎顔面矯正をしてあごを大きくする治療が必要だと思うのだがそちらでは可能か?とのことである。あごを大きくするのが顎顔面矯正?何のことか分からず、来院の上でご相談くださるようお願いして電話を切った。
すぐにネットで検索したところ、出るわ出るわ・・・「当院では顎顔面矯正をやっています。」急速拡大装置であごを広げるのが顎顔面矯正???これは何ということか。茫然自失の境地であった。
矯正学は大きく2つに分けられます。一つは「歯科矯正学」であり、もう一つが「顎矯正(顎顔面矯正)学」です。これらは学問的に正式な定義・棲み分けがなされており、英語表記において歯科矯正学は「Orthodontics 」、顎顔面矯正学が「Maxillofacial Orthognathics」と定められています。
私が現在非常勤講師として籍を置いている母校東京医科歯科大学の矯正学講座の正式な名称は、まさに「顎顔面矯正学分野」です。同分野同門会のHPを紐解くと、「顎顔面矯正学とは、先天的な病気を伴う歯並びの不正や顎の変形のためにその治療に顎の手術を必要とする患者さんの矯正治療」との記載があります。すなわち、口唇口蓋裂、ダウン症候群その他多くの先天異常の患者様は、歯並びをはじめとして口腔顔面領域にも様々な問題を持っていることが多く、これらの先天性疾患患者を対象とする矯正治療のことを「顎顔面矯正治療」というのです。さらに、あごの成長が落ち着く10代後半の方で上顎骨あるいは下顎骨あるいはその両者の劣成長、過成長さらには重度の非対称によって顔面骨格の不調和が著しいために(これを顎変形症という)、その治療にあごの外科的骨切りを併用する必要のある患者様を対象とした矯正治療のことも「顎顔面矯正治療」というのです。以上のように、先天異常の患者様、および顎変形症の患者様に対する非常に高度で専門的な矯正治療のことを「顎顔面矯正治療」というのであります。
あごを拡大したり、あごを大きくしたりといった「あご」に関連した矯正治療のことを「顎顔面矯正」と呼ぶ誤った風潮が真しやかに地域情報紙やネット上で氾濫していることを非常に危惧しております。これらの治療は全て「歯科矯正治療」の範疇となります。さらに申し上げるならば、矯正学を専門に勉強していない歯科医師に限って「顎顔面矯正」をPRしているところに不安を感じます。今一度申し上げますが、顎顔面矯正治療は相当に高度な技術を要する矯正治療であって、矯正治療の専門歯科医でないととても手の付けられるものではありません。逆説的に考えれば、顎顔面矯正が行なえると宣伝している歯科医院は、矯正治療に精通している専門医ではないということが言えるのかも知れません。
患者様におかれましては、上記の点を勘案した上で、正確な情報・誤った情報を識別し、安心・安全な矯正治療を受けていただきたいと思う次第です。そのためにも、矯正治療の専門歯科医(例えば日本矯正歯科学会の認定医、指導医、専門医など)による治療の相談を受けていただけることを切に願っております。
院長 檜山成寿(日本矯正歯科学会認定医・指導医)